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  • 2011.12.11 Sunday
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海へ…来て(ネコノカナエ)

 
カモメにはなれない飛べない地を這ってこの手をのばして探す指先


この空を飛べても朋は戻らない わたしの胸には海溝がある


さざ波が静かに寄せるつまさきに優しくしないで悔しくなるから


震えつつ夜を見上げた星の日に朋はとおくへ行ってしまった


とりあえずカムパネルラと叫ぼうか まだ朋の名は海に呼べない


謝らず普通に生きたい 朋でなくわたしがここに生きてることも


悲話だとか美談にしたてて「型」にしてそんな風に彼女を使うな


海風が北上夜曲を奏でだす朋と自分をまた比べてる


この胸に海溝がある もう一度踏み出すための深い静寂


でもそれでも林檎をかじる ここでまたわたしは生きていかなきゃいけない


何度でも姿勢を正して空を見る 誰かの分など生きられなくても


短歌をはじめたころのわたしへ(12) にわか歴女と秋の空

こんにちは。

にわか歌人、
にわか鉄子、
にわか歴女、の、A.Iです。


「にわか」というと、悪い意味にとられてしまうかもしれません。
でも、それでいいのです。
降りたての雨のように、いつでも新鮮な気持ちです。

「短歌を詠みたい」というかたは、まじめなひとがおおいのですが(笑)、
なにも、まいにちびっしりと机に向かうだけが歌への対峙のしかたとはかぎりません。
趣味というのは、自分のペースで取り組むのがいちばんだと思います。
自分の趣味の共通点は、旅、に関するということかなぁ。

電車にのって、ことこととゆられて、
史跡を見て、おいしいものを食べて、
そのうちの何割かが歌になればいいなぁ、くらいの気持ちで、のんびりと生きていきたいものですね。

相席に慣れているのか 通学の男子のあたま剃り跡青し



私はもともと転勤族の子で、現在は転勤族の妻として、
南部藩と伊達藩の境目あたりの町に暮らしています。
何年かしたら、またどこかに移動するだろうな、という、
旅暮らし。

あたらしい土地に縁ができると、
なるべく、その周辺を積極的に観光するようにしています。
盛岡よりも仙台のほうが都会だから、どうしても「都会にあそびにいこう」とすると仙台のほうに行ってしまうことが多いかな。

仙台はきれいな都市です。
青葉まぶしく、川うるわしく。都市計画がとにかく、きっちりとしていて、道もわかりやすいです。
博物館で、戦国時代の仙台市の地図をみたことがあるのですが、
現在の地図と重ね合わせてみても、その哲学がよくわかります。さすが政宗さま。
戦国時代以前は、湿地の多い人家まばらな寒村であったという話があります。
それをここまで発展させたという。内政の手腕の高さが伺えます。

仙台っ子は、みんな政宗さま大好きだよね。わたしもBASARA見たよ〜☆かっこいい。
余談ですが、仙台の五月人形の兜は、三日月の飾りがついているんですよ!!


【文語短歌】自由自在・その12【古典和歌】

どうもおひさしぶりです、さねともです。

震災以後、このブログも途切れ途切れになってしまいました。
あれから生活じたいが変わってしまったということはないのですが、密度は濃くなった気がします。特に残業と休日出勤が。

このブログは以前にも更新が途絶えてしまったことがあります。それをまた繰り返してしまったこと、読んでくださっている皆様にはとても申し訳なく思っております。

これから少しずつ、前の状態に戻してゆこうと思います。

以前のように毎週日曜日更新は難しくなってしまいましたが、一ヶ月ごと(5週間に一度)のペースで記事を載せてゆくことにします。

変わらぬご愛顧をお願い申し上げます。

さて、私の記事ですが今回は藤原俊成という人物を取り上げてみようと思います。

藤原俊成(ふぢはらのとしなり)、永久二年(1114年)〜元久元年(1204年)平安時代末期から鎌倉時代初期の歌人。七代集『千載和歌集』の選者。定家の父。

俊成という人は、百人一首に歌が採り上げられています。

世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる(千載・雑中)


この歌、ジジ臭いというか、なんだか人生に疲れた人の述懐として受け取られがちですが、この歌を詠んだとき俊成は27歳でした。

90歳まで生きた俊成は、「生まれた時からジジイ」みたいなイメージが強くて、この歌もそんな感じに見えてしまうのでしょう。

どっこい、これは実は恋の歌でもあります。



短歌をはじめたころのわたしへ(11)『サラダ記念日』を読んでみよう

 こんにちは。
「短歌をはじめたころのわたしへ」
毎月、短い手紙を書いています。

震災以降、すっかりローテーションが狂ってしまいまして、
更新が滞ってしまい申し訳ありません。
かくいう私自身、ただいま絶賛繁忙期中。あな、いそがしや、いそがしや、なう。

少しでも季節感を出すために、今回はこの歌を取り上げたいと思います。

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日



短歌に興味をもち、学び始めた人のなかで、
まさかこれを知らないかたはいないでしょう。
歌集としては異例のミリオンセラーとなった、俵万智さんの『サラダ記念日』のタイトルのもととなった代表歌です。

あ、でも、
『サラダ記念日』の初版がでたのって、1987年。もう25年ちかく前のことになるんですね。

25年といったら、四半世紀。

若いひとにとっては、すでに「古典」なのかもしれません。

今回は、この歌を例にとって、
短歌の「読み方」のサジェスチョンをしていこうと思います。

俵万智さんの歌は全体的に「わかりやすく」「親しみやすい」と思われていますが、それだけではここまでのヒット作はうまれていないと思うんですね。

短歌は、韻文(詩)です。

散文(文章)は「意味がわかりやすい」ということがいちばん大切なポイントになるのですが、韻文(詩)は、ときに「書いていないこと」を読まなくてはいけません。

「書いていないこと」を読むなんてエスパー?いえいえ。

カンとか、予備知識とか、そういうものもときには必要になりますが、たいていは訓練で読むことができるようになるんです!!


短歌をはじめたころのわたしへ(10)百人一首と『ちはやふる』

 こんにちは。
「短歌をはじめたころのわたしへ」
手紙を書くように、短歌と仲良くなる情報交換をしている連載です。

この形式で書き出すのは、実に3ヶ月ぶりですね。
ご無沙汰してしまってすみません。
311の「あの日」以来、ばたばたと日々は過ぎて行き、
転居もしました。
ごめんね、わたしちゃん。転居葉書は届きましたか?
しんぱいしてくれて、ごめんね。・・・ありがとう。


今日のテーマは、前回(第9回)の、この部分↓の続きでもあります。
で、そういう「初心者」の自分が、次にとる行動といえば。
まず、本屋で本をさがすじゃないですか。「短歌のコーナーあるかなぁ」って。

いま、書店では、
確かに「短歌のコーナー」はない。

ないけど、
その代わり!?すっごくアツいコーナーがあるじゃないですか!!


まぁ、だまされたと思って行ってください。
「少女まんがコーナー」に。
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