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  • 2011.12.11 Sunday
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【文語短歌】自由自在・その1【古典和歌】

 はじめまして、さねともと申します。

今回より数週間に一度のペースで連載を受け持ちます。よろしくお願いいたします。

さて、私がこのwebマガジンでの連載として扱うのは、古典和歌と文語短歌に関するエッセイです。要するに著作権の切れた作品を中心に、ざっくばらんに書いてゆこうという算段です。

と言いますのは、現代短歌に関わる人間としてまず感じたのが、古典や文語作品を意識的に避けて通っている方が少なくなかったこと。それはそれで姿勢として理解できても、どこかで「もったいないな」と思うところがありました。確かに今現在、いやこれから未来にわたっても古典や文語というものはますます読者が少なくなっていくとは思うのですが、その蓄積は無視できるものでもないと思うのですね。

古典や文語の技術の中には現代短歌にも通じるものがあり、また現代短歌の幻想性も古典や文語作品に既に見出されている場合もあります。そういうのを扱ってゆけたらと思っています。



 では連載第一回目は…芥川龍之介の作品から。


ほこらかに恒河砂びとをなみしたるあれにはあれどわれにやはあらぬ
大正四年(1915)三月九日・藤岡蔵六宛


つい最近、岩波文庫から『芥川竜之介書簡集』という本が出ました。生涯に1,800通書かれたと言われる芥川の手紙の中から185通を精選してある、さすが岩波さんらしく採算度外視の貴重な文庫本です。もう一も二もなく飛びついてしまったのですが岩波文庫は出た途端に買っておかないとなかなか巡り合えなくなってしまうので、とにかく買いです。

それで中身を見てみますと、芥川は書簡の中にけっこう短歌を書いています。冒頭の作品は芥川23歳、ちょっと棄てばちになってる感じがあります。

語句としては「恒河砂びと」がちょっと難しいかしら。「恒河沙(砂):ごうがしゃ」とは数の単位でもありますが、もとは仏教用語で「ガンジス川の砂(くらいたくさん)」という意味なのだそうな。

芥川は手紙の中で「吉井勇が好きだ」と公言している時期があって、はたして「恒河沙人」は吉井勇がその歌の中で使っている言葉でありました。


かかる世に酒に酔はずて何よけむあはれ空しき恒河沙人よ
(吉井勇『酒ほがひ』)

こんな世の中に酒に酔わないで何がいいと言うのか、星の数ほどの「普通のひとびと」よ


これだけ見るとなんと傲慢な、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、「酒ほがひ」の一連は酒飲みの孤独というか、とても寂しい感情を詠ったものです。なのでこの歌も酩酊して気持が大きくなっている歌人の表白であります。吉井勇の「恒河沙人」は酒を飲まない人に向けて吐いた捨て台詞ともいうべきもの。それから類推するに、芥川の「恒河砂びと」も自分を諌める人々…それはおそらく建前で凝り固まって君子然とした…を指すのではありますまいか。

冒頭の歌が作られた一ヶ月前、芥川はその人生における重大な転機を迎えています。

何かと言えば、失恋です。

詳しくはネット検索でも簡単に引っ掛かりますからここでは割愛。吉田弥生という、幼馴染みの女性に縁談話が起こり、そこで芥川はもがき苦しむことになるのです。

同じ手紙に書かれた歌は全部で十二首。


わが心ますらをさびね一すじにいきの命の路をたどりね

かばかりに苦しきものと今か知る「涙の谷」をふみまどふこと

ほこらかに恒河砂びとをなみしたるあれにはあれどわれにやはあらぬ

かなしさに涙もたれずひたぶるにわが目守るなるわが命はも

罌粟よりも小さくいやしきわが身ぞと知るうれしさはかなしさに似る

われとわが心を蔑(なみ)しつくしたるそのあかつきはほがらかなりな

いやしみしわが心よりほのほのと朝明の光もれ出でにけり

わが友はおほらかなりやかくばかり思ひ上がれる我をとがめず

いたましくわがたましひのなやめるを知りねわが友汝は友なれば

やすらかにもの語る可き日もあらむ天つ日影を仰ぐ日もあらむ

あかときかはたたそがれかわかねどもうすら明りのわれに来たれる

わが心やゝなごみたるのちにして詩篇をよむは涙ぐましも



この歌群(連作?)中、二首目にある「涙の谷」とわざわざ括弧にしてある言葉は、最後の歌に出てきた『詩篇』、つまり聖書の詩篇中に出てくる言葉だそうです。「涙の谷」とは人生における苦しさや悲しさのいっぱい詰まった時期…要するに挫折…とのこと。失恋を挫折と受け取っている芥川は、まさしく自分を客観視しているわけです。

全体として見ると、ちょっとロマンチシズムに流れている観もありますが、吉井勇の影響下にあった時期の作品であることと、また手紙に書かれたものであることを考えるとそれは仕方がないことです。まさか芥川だってこの短歌が書簡集として世に出るとは思っていなかったでしょうしね。現代とはかくも残酷な時代であります。

さて、ここまではネットでも容易に調べられる情報を並べてみました。何ならこの手紙の宛先である藤岡蔵六という人物のことも今では調べられます(興味のある方はクリックしてみてください)。

私はそこに一つ付け足そうと思います。なにかと言えば、それは冒頭の歌の読み方です。

これは私の経験ですが、ネットでは作品を検索することはできても、その解釈については調べることができないことが多いように思われます。要するに「かゆい所に手が届かない」のですね。そこから先は自分で何とかするしかない。それで、何とかしてみます。再掲。


ほこらかに恒河砂びとをなみしたるあれにはあれどわれにやはあらぬ


歌中、「なみしたる」は漢字で書くと「蔑したる」となります。「われにやはあらぬ」は「やは」の用法により反語となります。ゆえに、こうなります。


星の数ほどいる「普通のひとびと」を、いい気になって馬鹿にしてきた俺ではあるけれど、いや、(そうやって生きてきた)俺じゃなかったのかよ!


文語(古語)というのは自分の感情を表現することについてはとても弱い言語で、それをどうやって表現するかが文語を駆使する上での課題となります。芥川はそのキモのところ(要するに複雑な胸のうち)を自分に対する皮肉と反語によって表現しており、そこに込められた言葉にならない言葉(それを「詩」といっても構わないように思います)を伝えようとしています。

その意味では、この歌はとても巧い。

芥川はもちろん専門歌人ではありません。また短詩型文学の方面だと俳句作品がやたらクローズアップされる場合が多いのですが、ところがどっこい短歌だってこの通り巧みなものが作れたのです。多少買いかぶりかもしれませんが、この歌の棄てばちな感じには晩年の作品、たとえば『或る阿呆の一生』や『西方の人』などにも通じるようなものがあると私は思っていますよ。

それでは今回はこのへんで。
いやぁー、文語って、本当に素晴らしいものですねぇー(苦笑)。

芥川竜之介書簡集


(このウェブサイトに掲載されている情報は、著作権法に基づき保護されています

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  • 2011.12.11 Sunday
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コメント
初めまして、さねともさんとは歌クテルの一語摘み掲示板でちょこっと絡んで頂きました(笑)

別なトピックにも書きましたが、以前俺も歌クテルに参加させていただきました。

言葉は不適切かもしれませんが、俺の短歌は我流なので、完全に口語主体でよんでいます。

結社にも一切触れていない俺ですが、今回のさねともさんの文語解説をよんで、「文語も面白いんだ」と思えました。(もうちょい色々書こうとしたんですが文才がおいつきません…(笑))
文字だけで書き示す難しさ、しかし、文字だけだからこその楽しさ…
これが俺の短歌のベースでしたが、これからはプラス「文字を知る楽しさ」も加えようと思います(笑)

…乱文失礼しました。これからも更新楽しみにしています。
  • 夜考宙ん
  • 2010/02/24 1:47 PM
> 夜考宙んさん

ありがたいお言葉、恐れ入ります。

今から5年前、笹音さん(笹井宏之さん)がモバ短にいた頃のことを思い出していました。

ちょうどその時に同時進行で『歌クテル』が動き出したことも、思い出しています。

私はその頃は傍観者でありましたが、今思えば『歌クテル』という試みはネット短歌における重大な出来事だったのだなあと。

こうして携わっていることに感激しております。

文語や古典は足を踏み入れてしまうと、とても深いです。でもその楽しみは必ずあると思っています。

その楽しみを見つけられるお手伝いが出来たら幸いです。

これからも、よろしくお願いいたします。
  • さねとも
  • 2010/02/24 10:44 PM
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