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  • 2011.12.11 Sunday
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Kotonoha-mix(4) アンダーグラウンド定点観測2 feat. 阿川大樹


前週に引き続き、作家・阿川大樹さんとの対談をお送りしてまいります♪
日野も参考にしたいことがいっぱいです、他力本願の連載になりつつあるけどヒア・ウィー・ゴー!

■ 物語をつくる練習。

日野:ここ(黄金町)へ来て1年と少しでいろいろ面白いことを見てこられたと思うんですけれども、それをもとにして小説を書かれたりするんですか?
阿川:そうでしょうね。いつそれが小説という形になるかはぜんぜんわかんないんですね。物語では、メインストリームのところで出来るだけとんでもない嘘をつくために、すっごく細かな部分のリアリティが必要なんで、いつもなんでも見てるんですけど。
日野:ふつうの人だったら見逃してしまいそうなことでも、たくさんアンテナに引っかかってきそうな感じがします。
阿川:そうですね、観察自体が好きだっていうこともあるんだけども、見る場所はぜんぜん違うかもしれないですね。
日野:たとえば何か書きたいと思った時に、わたしは風景を見に行ったりして、そういう時にはバンバン情報が入ってくるんですけど、普段ふつうに歩いててネタを拾おうとすると、アンテナの感度が鈍るというか(笑)。もともと意識されるほうだったんですか? いろいろなことを。
阿川:きっとそうなんだと思うんですけど、ただね、そういう訓練法があると聞いて訓練しているとかではないんですけど、しょっちゅう練習はしてるんです、物語の。なんでもいいんですけど、たとえば物を見たら、作った人のことを考える。(カップを持って)これ、取っ手があるじゃない。朝から晩までこの取っ手だけ作ってる人がいるんですよね、どっかに。その人のことをたとえば考えてる、これ見て。その人、どんな工場で、従業員何人ぐらいいて、社長は何歳ぐらいで、奥さんが会社の経理とかやっていて、社長やたらタバコ吸う人で、事務所のクーラーがヤニだらけになっていて、古いから音が大きいわりに夏でもあんまり涼しくない。で、カレンダーに書き込みがしてあって、ナントカ産業の納期とか書いてある。で、高島易断の暦が置いてあったりとか、そういうことを考えるんですよ。
日野:すごい細かい、ディテールが(笑)。
阿川:本当はどうなのか知らないけれども、本当のことなんか僕にとっては特に意味はない。そういうことをしょっちゅうやってる。

■ たとえば、犬のふん。

日野:想像するっていっても、実際ヤニだらけのクーラーを見たとか、そういう実体験がないとなかなか出てこないですよね。
阿川:どっかにあるわけですよね。
日野:やっぱり、いろんな所に行ったりされてるんですか?
阿川:ふつうの人よりは行ってるかもしれませんが、世界何カ国をまわるとかいう必要はなくて。要は一所懸命、意志を持って観察するということだと思うんですよね。街を歩いて、ごみを見るとか。ごみを見ればいろんなことがわかるじゃない。街によって落ちてるごみが違う。犬のふんを見るとか。
日野:街によって違うんですか?
阿川:たとえば黄金町もみなとみらいも、どっちも犬が結構歩いてるんですけど、みなとみらいには犬のふんがないんです。こっちは犬のふんがあるわけ。大多数の人はちゃんと始末してるんですけど、この街には、犬がふんをしてもほったらかしで帰っていいんだって、そういうふうに思わせる街の空気がある。残念ながら。
日野:桜木町の駅を隔てて違いますもんね、空気が。
阿川:人間って、同じ人でもいる場所によって行動基準とかは変わって、銀座で立ち小便する人はいないじゃない、本当はいるけどね。でもまぁ、あんまりいない。
日野:ちょっとお上品にしていたい。銀座と新橋、みたいな感じなんですかね。
阿川:そうですね。それが街の風景。犬のふんがあるのとないっていうことで街らしさみたいなのが実際は決まってたりするのね。それはみんな意識してないんですよね。でも意識してないけど提示されるとわかる。そういうシーンを書くことによって、その街がどんな街なのか、書かないことまで含めて読者の人の頭の中に表現されるでしょ。そういう象徴的なものをとらえてそれを書くと。まあ、短歌とかだったらもっとすごいけど。
日野:細かいところを感じさせるものでないと、31文字に収まらなかったり。
阿川:人間に対しての観察は、さっきの部品作ってる人の話じゃないけど、電車に乗って、向かいの人がどんな家に住んでるとか、意外と家が散らかってて、狭い玄関に夏に履いてたミュールが相変わらずひっくり返っていてとかさ、そういうことをよく考える。で、考えて思いつかない時に、そこが自分で足らないってわかる。で、なんとなく頭のすみで覚えてるんですよね。ある時にそこを知る機会がめぐってくる。
日野:ああ。意識するのが大事。
阿川:空白が埋まる。基本的にどんな人を見ても、人に語って聞かせたら「そうそう」って思うような、その人が朝起きて、どんな部屋で起きて、電車乗ってここまで至るまでを詳細に、どんな人についてでも語れれば、どんな人のことも書ける。
日野:自分の実体験だと、すごく限られてるじゃないですか。そういうふうに訓練することで広がっていくんですね。
阿川:うん、そうですね。たとえばサラリーマンを主人公に書くにしても、登場人物全部がサラリーマンじゃないですよね。ふつうに書けばね。食堂のおばちゃんが出てきたり、アパートの大家さんが出てきたり、生活していく中にはいろんな職種、いろんな生き方をしている人が絶対いるでしょ。


■ 偏屈で嫌なやつでもいいわけですよ。

日野:去年は「著者が売る本屋さん」、冬にも(黄金町)ツアーのイベントと、先日の短歌ワークショップがあって……今後もイベントなどはしていかれるんですか?
阿川:ちょっとやり過ぎて疲れちゃったけど(笑)、きっとやると思います。そういうの好きだから。小説は究極の俺様の世界で、世界をつくる人なわけですよね。これ以上の俺様はいないわけ。それと、人とリズムを合わせて何かをやるっていうのは、結構対立するところなんですよね。だけど人とやるのはすごく面白い。大変なことも勿論あるんだけど、基本的に楽しい。小説を書いてると、99%の時間はあんまり楽しくない(笑)。
日野:(笑)生みの苦しみですかね。本業以外にそういうところで楽しんでバランスをとっているんですかね。
阿川:バランスなんかとらなくて、小説だけ書いてて、自殺するくらいが理想なんですよ、本当は(笑)。円満な人格である必要もないしさ、小説さえ面白ければ、書いてる人間はすごく偏屈で嫌なやつでもいいわけですよ。だけど、そうなりきれずに、どっかで人と合わせたりすることを楽しんでる自分が現実に明らかにいるわけですよね。だけどそれでいいのかって部分もありますよ、嫌なやつだよな、とか言われても、「書くものはすごいね」っていう人でありたいと、むしろ思ってたりもするんだけど。

■ 外向きの自己愛=アート。

阿川:真心がないと人の心は動かないとか言う人がいるけど、人の心なんて簡単に動くんです(笑)。たとえば、読んで涙がとまらない小説を書けって言われたら、簡単に書けます。だけどそういうもの書いても意味がないから書かない。「泣けた」とかそういうことが、いい小説の条件ではぜんぜんないし、単なるテクニックでいくらでも人を泣かすことはできるんで、泣けたもののところに真実があるわけでもなんでもないと思うんですね。
日野:たまに泣かせるような芝居を見たりとかした時に「あっ、ずるい!」って思いますね。
阿川:そうそう、セオリーがあるわけです、人を泣かすための。
日野:ずるいけど、それで別に「金返せ」って思うわけでもなく。
阿川:まあね、泣くっていうのはカタルシスだから、セックスで気持ちよくなるのと同じように、泣いたら気持ちよくなるんですよ、人はね。生理的な、動物としての人間として。
日野:だから泣けるものが流行るんですか。
阿川:セックス産業が、たとえばエロビデオが儲かるっていうのと同じように、泣けるものは儲かる。それはすごく生理的なものだから、食べるとか泣くとかセックスをするとか、そういうのはもう全部、人間の根源的な部分だから、それを喜ばすのは簡単。まあ、単純に泣きたいために小説を読む人がいてももちろんいいと思います。それは娯楽だし。わかってることをその通りなぞる技術を持ったうえで、自分もわかんないことを書いて、読者に読んでもらって、読者の人が今まで思っていなかったことを考え始める。そういうのを生み出すのがアート。僕は芸術家だ、っていうつもりはないんですけど、僕自身が書いてる間に初めて気づいたりしつつ、読者の人に「こういうこと考えたことなかった」とか「こういう人をこういうふうに受け入れたことがなかった」とかね、そういうふうに感じてもらえるものができるといいなぁと。そうすれば、阿川大樹って人が小説を書いている意味付けが自分の中で持てるので、僕の自己愛はそこで満たされますよね。自分だけ愛してて、表現せずにこもっていたらアートにはならないけど、外向きの自己愛みたいなものがあるとしたらアートなのかもしれない。「これ、いいと思わない?」っていう投げかけを続けていって、「見たことない」「ああ、いいね」「おお、初めて見た」「なるほどね、そうか」とか、そういう種類の感動につながるような。
日野:なるほど、なんか腑におちました。ものを作り続けてるのはどうしてだろう、自分がかっこいいと思ったものを見てほしいな、っていう気持ちで続けているのかなぁ、みたいな。
阿川:あ、発見したな(笑)。
日野:きれいにまとまりました、ありがとうございます(笑)。

■ 今後の刊行予定。

日野:今年は本は出されるんですか?
阿川:夏ぐらいに、沖縄が舞台のやつが出ると思います。それから「D列車でいこう」の文庫版が7月のあたまに。それと、絵本が遅くとも年内に。あとは連載の単行本が、順調にいけば年内に出るかな。
日野:豊作ですね。
阿川:そのぐらいになってきて、やっと少しまともな経済になるかなって感じ(笑)。小説家もあんまり儲からない。
日野:世知辛―い!(笑)

■ ここで付け句。

去る5月9日、阿川さんの仕事場にて、付け句で絵ハガキをつくるワークショップをさせていただきました★
「世界がやさしくあるためのメモ」完成記念にもからめて、笹井宏之氏の「ひとさらい」から元歌をお借りしたんですが、せっかくの機会なので、阿川さんにもひねっていただきました。
笹井氏の元歌・日野の付け句といっしょに2首、ご紹介いたします♪

ひたいから突き出ている大きな枝に花を咲かせるのがゆめでした (笹井宏之)
ゴビ砂漠に水鉄砲を乱射して花を咲かせるのがゆめでした (阿川大樹)
枯れちゃって悪魔のようなさぼてんに花を咲かせるのがゆめでした (日野やや子)

人類がティッシュの箱をおりたたむ そこには愛がありましたとさ (笹井宏之)
ベランダの錆びたハンガーだけ残り そこには愛がありましたとさ (阿川大樹)
♪・★・!・(笑) そこには愛がありましたとさ (日野やや子)


ではでは、シー・ユー・ネクスト、ばいばーい!




阿川大樹さんの公式ホームページ




(このウェブサイトに掲載されている情報は、著作権法に基づき保護されています


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