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八月の祝祭(四)

 …ワタシはアヤノ。イカルギ・アヤノ…ワタシはアヤ

 見なれない天井の下で私は目が覚めた。しばらく、そのまま見なれない天井を見つめていた。昨夜の出来事のあと、仮の宿舎としてあてがわれたホテルの部屋。その天井。
 私は寝台から降りてカーテンを開けた。目の高さとほぼ同じに空ははじまり、内地とは違う、濃い空が広がる。視線をあげても、空はどこまでも空でありつづけた。私は、雲ひとつない空の、なんといえばいいか、例えば硝子の箱に閉じこめられているような、そんな違和感を覚えた。
 広場を行き交う人々を眺めながら、着替えを済ませ、身仕度を整えた。書き机の置時計は七時○五分。七時半には約束がある。
 私は、内地ではすでに飲むことすら稀な珈琲を飲むためにロビーへ降りた。
 ロビーのソファーにゆっくり腰を下ろしす。ゆっくりと。
 昨夜、ムライがこっそり教えてくれた。格式の高いホテルでは、動作はゆっくりと、或いは機敏に。
 はたして、いつ、ゆっくりなのか、いつ機敏になのかは私には理解しづらいところがあったが、ムライはそういった。ムライの格式がさほど高いとも私には思えなかったが、ここはひとつムライの言葉に従ってみることにしたのだ。




 定刻、珈琲を飲み終えたころムライは現れた。向かいのソファーへ沈むように座ると、ムライも珈琲を注文した。

「あなた、アマカス・マサヒコ、御存じですか」

 いつもとは違う、少し抑えた声色で質問された。名前だけなら聞いたことはあるが会ったことはない、と私はムライに答えた。

「これから星ヶ浦に行きます。そこでアマカスに会いましょう。内地では只の人殺しだが、ここでは違う。行政、軍部双方に多少のパイプを持っています。知っていて損はない。」

 約束を取りつけてあるのかと私が尋ねると、そんなものは無い、とムライは当然のことのようにいった。

「アマカスは釣りが好きです、星ヶ浦辺りに行けば多分、会えますよ。」

 相変わらずのとぼけた口振りだが、おそらく満鉄のほうでおおよその見当はつけてあるのだろう。何れにせよ、私には現状ムライに従うしかみちはないのだ。
 注文した珈琲を飲みおえ、席をたつ寸前、私はひとつだけムライに質問した。ムライは質問には答えることはなく席をたった。そうか、ムライはアマカスを知らないのだ。私はなんだか、一本取ってやったような気分になり、そこで、昨夜ムライに教えられたように、ゆっくりと格式のある振る舞いをこころ掛けソファーから立ち上がった。
 ムライがひとことだけいった。

「あなた、軍人のくせに動作が緩慢ですなあ。」

 ムライは、言い残すとさっさと玄関へ向かい歩いていった。私は慌てて追い掛けたが、大連ヤマトホテルのロビーの絨毯は深く、格式は高かった。



(このウェブサイトに掲載されている情報は、著作権法に基づき保護されています) 

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