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八月の祝祭(五)

 漸く、陽も西に傾きはじめたころ、私たち二人は星ヶ浦の海岸べりに座りこみ、その海を眺めて過ごした。人工海岸が整然として弧を描き眼前に横たわっている。玉砂利を敷き詰めた、清潔なその海岸のやや不自然な汀を私はみていた。海はそこで人の手によって千切りとられ、西からさしはじめた陽光に朱く染まりつつあった。
 結局のところ、私たち二人は目的を果たせずここにいた。アマカス・マサヒコは、一昨日から自宅を留守にしており、会うことはかなわなかった。


―意気揚々としてこの地を訪れたムライは、まず改札の駅員にアマカスの所在について窺いをたてたが、本日はまだみかけていないとみえて、釣りでもしてるのではないかとその駅員は応えた。ムライは、その応えに満足な様子で、駅員に十分な笑顔を向けて礼をいった。
 大連から三○分ほど列車で下ったここ星ヶ浦は、六七○エイカーの土地に造られた新興の長期滞在型の保養行楽地だ。ホテルを中心に人工の海浜、ゴルフ場、テニスコート、ボート・ハウスなど様々な施設が備わっている。私とムライは駅舎を出ると、取りあえずそのあしで海へ向かった。

「彼の自宅はリゾートのすぐ外れにある文化村と呼ばれる一画にあるんですよ。羨ましいことですな、まあ、まがりなりにも相手は社長さんですから、わたしなんかとは俸給が違いますか」

 ムライが皮肉な口調でいったので、ここに住みたいのか、と私はムライにかえした。

「いえ。ちょっと言ってみただけですがね。私はこんな仕事ですから、どこに住まおうが同じことです。満鉄の社員であれば、ここに住むだけの俸給は皆がいただいてますよ。何なら、あなた、ここに住みますか。どうです。パスがありますから、交通費かかりませんし。四季をとおして穏やかなよいところですよ、夏は特にいい」
 私は、そんなムライの問掛けを少しだけ真剣に考えてみた。確かに、ここは気候がおだやかそうにみえたし、すべてが平和に設えてあった。
 そんな話を交わしながら私たちは、ほどなく海に出た。白いヨットが帆をたたみ幾隻か係留されてある。おだやかな波にそれぞれが勝手気ままに揺れていた。船の少ない桟橋に二三の釣りびとがおり、私たちは彼らに注目した。しかし、ムライはすぐに落胆の表情を示して、次へ行きましょう、と私を促した。
 私たちは、海岸を臨む通りを星ヶ浦ゴルフリンクスに向いて歩いた。海岸に人影はなかった。

 星ヶ浦のどこにも見あたらないアマカスを捜して、結局私たちは彼の自宅を訪ねることになった。
 ムライが玄関先の呼鈴を鳴らすと、応対に出たのは夫人であった。夫人は、二日前に社用でアマカスは上海へ経った旨を私たちに告げただけで、それ以上のことはなにも知らないようすであった。アマカスの帰宅は未定であることがもっぱらで、夫人にもはっきりしたことは言えないらしい。
 アマカス宅をあとにして、私たちは駅へ向かうべくまたもや歩いた。時刻は午後四時を少しまわっていた。少し疲れたのか、ムライの提案により海岸で少し休むことになった。


 先ほどより増して朱の濃くなった海に二人は顔を向けたまましばらくを過ごした。ムライからは、数時間前のあの意気揚々という気色は完全に失せていて、珍しく落胆の色を隠さずにいた。

「こんな事になる前に、まだ手はあったんだ」

 私は、今日のことをいっているのかと思い、黙ってムライの声に耳を傾けた。

「あのとき、手はあったのだ。
 わたしはね、この国は平和であるべきだと考えてます。なにを於いても平和でなくちゃあ為らない。
 日本は、いまに米国と戦争になります。それは必ず負ける戦争です。どのような負け方になるかは、わたしには予測もつかない。しかし、必ず負ける戦争です。如何に負けるか、という戦争です。そのような戦争の巻き添えに、この国はなってはならない。
 イシワラさんはね、この国にアメリカを育てようとしたんだよ。
 米国の資本を拒むべきではなかったのだ。奴らには、餌が必要だったのだ。満洲の経営権の、ほんの数パーセントでも呉れてやるべきだったのだ。
 アマカスはねえ、おそらく東京にいますよ。上海なんて、とんでもない」


 ムライの話しは、全く手順を踏まえていなかった。が、そこまで話し終えると、ゆっくり立ち上がりズボンの尻を一二度はらった。 私も立ち上がり、ズボンの塵をはらった。
 先に歩き出したムライのあとを追うように、私も続いた。
 陽が沈みはじめると、まだこの時期は肌寒い。夏までには、まだ少し間があった。



つづく



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