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  • 2011.12.11 Sunday
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Kotonoha-mix(9)

 今回は、2010年12月の文学フリマ終了後に居酒屋(2軒目)で繰り広げられた、歌クテルの“本丸”・A.I嬢と、“営業部長”・里見浩都氏とのトークをお送りしてまいります♪
とても楽しかったけど、2軒目での座談会はちょっと無謀でした(笑)。ヒア・ウィー・ゴー!!(←自棄)


■北枕だからやめてくれ。

里見:今日はある意味、歌クテルの“本丸”とのトークでしょ。連載最終回なの!?みたいな(笑)。
日野:またとないですよー。ところで、歌クテルに絡み始めたのっていつ頃だっけ?
A.I:3号の前だよね。「歌集喫茶うたたね」の歌会があって。
里見:その歌会に行った時に、いろいろ話を聞いて、2号を見せてもらった時に笹井さんの歌が面白くて、「入っていい?」って。
日野:3号あたり充実してたよね、ほんと。
A.I:3号がいちばん人数が多かった。それで3号は2冊同時刊行にしたんだよね。
里見:3号面白かったなあ。あの、青春を燃やした感じっていうのはすごいなと思ってて。3号は自分でも正直150%を出した。それにしても、4年の積み重ねで今こうやって飲んでると思うと、うすらふるえる。歌クテルはありがたいよ、本当に。えーちゃんに足向けて寝られない(笑)。
A.I:頭を向けて寝ると北枕だからやめてくれ(笑)。
日野:東北枕だから大丈夫。太平洋側だからね(笑)。
里見:俺、ありがたいわりには仕事はしてないんだけど(笑)。
A.I:わたしが抱え込むタチなんだよね(笑)。まあ、仕事を苦にしているわけでもなく、好きなんだよ、そういうこと。今、歌クテルの本誌は休刊しているけれど、それはまた別の理由があるんだと思う。


■歌クテルクロニクル。

日野:えーちゃんは、人の短歌を読んで短歌を始めたの?
A.I:それがね、わたし短歌をいちばん始めに作った時は、他人の短歌をほとんど読んだことなかった。百人一首は好きだったけど。
里見:短歌を始める時って、「面白いからやる人」と「受けとめられたからやる人」というパターンがある気がするね。
A.I:はじめは、失業していてすごいヒマだった時に、懸賞にハマってて、懸賞雑誌にたまたま短歌を募集してるのがあって。短歌を書いて送ったら、たまたまなんかの賞に引っかかったの。んで、「わたし才能あるかも……」って(笑)。
里見:これで受けとめられたんだ、っていう。
A.I:そうだね、受けとめられたんだよね。
里見:自分が詩を書きだした時もそんな感じだったよ。
日野:そうだったんだ。
里見:16歳まで書いたことがなくて、高校の国語の授業で「詩を書いて来い」って言われて、夜中までこんこんと5篇ぐらい書いた。授業で発表した後で、今さら恥ずかしいんだけど同じクラスの子に「高村光太郎みたいだな、って兄が言ってたぞ」って言われて。舞い上がるじゃない、そんなの。詳しく知らなかったんだけど、高村光太郎。
A.I:わたしは好きだよ、知恵子抄。
日野:読んだなー、知恵子抄。
里見:男の子は、光太郎に共感できない(笑)。でも、受けとめられたのがあって、そこから家でノートにこつこつ詩を書きだして、はじめて彼女ができた時に見せて「キモい」って言われて(笑)。
日野:わたし詩歌よりも短編小説的なもの書いてたな、高校生の時。国語の先生は、小説は褒めてくれたんだけど、歌は赤ばっか入って返ってきた覚えがあるな。
A.I:添削されてたの?
日野:わざと違う漢字を使ってみたりして、それがイタ過ぎたのかもしれない(笑)。
里見:見たいけども、多分イタイと思う(笑)。
A.I:この流れでだんだん思い出してきた……。高校生の時に、文芸部サークルに入ってたの。そこで詩のようなものを書いていたことがあるけど、あまりにもイタすぎて・・・。
里見:それ見てーなー。
A.I:やめてくれ(笑)。人生から抹消してるから。
里見:えーちゃんがそれを出すんだったら、俺も高校時代のはじめて書いた詩を5篇出すよ。それで歌クテル6号出すぞ。
一同:(爆笑)
里見:歌クテルクロニクルで、タイトル「原点」って(笑)。
日野:「あの頃君は若かった!!」って。
里見:俺、そのためなら部屋掃除して、とっといたプリント全部出すよ。
日野:実家帰りますよ、そしたら(笑)。
A.I:わたし結婚する時、実家からほんの少しだけど回収してきたよ。
里見:アハハハ!!
日野:嫁入り道具だ(笑)。
A.I:でも、ほとんどは捨てちゃった。わたし、若い頃に書いたものとか手紙とかで、実家で焚き火しちゃったの。
里見:えーちゃんのエピソード、なんでそんな昭和48年〜52年ぐらいの香りがするの。焼かねえよ手紙(笑)。
A.I:うちの母ちゃんが言うには、母ちゃんは若い頃はすごくもてたんだって。でね、もらったラブレターを燃やして焼き芋を作った、というエピソードを聞いてて。真似してみたかった。わたしのはラブレターとかじゃなかったし、焼き芋も焼けなかったけど(笑)。

 ■モバイル浪花節。

日野:そういえば、モバ短(モバイル短歌)あたりから絡んでたよね。
A.I:やや子ちゃんとわたしの絡みはそこからだね。モバイル短歌は、ホームグラウンドみたいな感覚です。もともと歌クテルの1号も、モバ短の有志が集まって作った本だからね。
日野:母体みたい。
A.I:そうそう、母体みたいな感じだった。1号を作った当時っていうのは、今ほどケータイで見られるサイトの幅が広くなかったんですよ。2003年にパケット放題ができて、それからだね。
日野:わたしも使うようになったの、それからだし。
A.I:ブログとかmixiとか、最近だったらツイッターとか?のサービスが、ケータイから使えるようになったっていう歴史が、歌クテルの歴史にもあてはまる、っていうところがあって。現在、歌クテルの同人誌は休刊しています。これはモチベーションの問題がいちばん大きいのかな、とは思うけど、技術の進化的にここからどう発展するかっていうのが、わたしの中で見えてないって部分もちょっとあるのかな、って思う。
里見:これは日本社会論みたいになるよ。
日野:それくらい語ってほしい。
A.I:そうだね。iPadとかiPhoneだってあるじゃん。わたしは持ってないけど、そういうのが発展してきたら、「それがあってあたりまえの世代」が下から出てきて、新しいものを作ってくるから、その時に歌クテルが、どういうスタンスで作るべきかっていう。ちゃんとそれを考えないと、新しいものは作れないと思います。
里見:システムにバックアップされている同人誌だっていうのは、すごくあるよね。
A.I:モバ短というシステムと、携帯通信に支えられていた集まりだ、という感覚はすごくある。もともと本人たちの感覚としては「集まって楽しいね」っていうだけで、はじめはなんも考えていなかったんだけどね。1年に本を1冊、1号1期で、5号まで続けてきて。コミュニケーションの変化にともなって、人も入れ替わりつつね。ハンドルネームで続けている人もいるし、結社に入ってちゃんとやろうとしてる人もでてきた。って全部ごっちゃになってるっていうのが、今の歌クテルの魅力だと思います。
里見:ある意味で、「混合」っていうところが歌クテルの本質なんだろうな、っていう気はする。
A.I:歌クテルという名前で活動を続けていく必要はあるのか?っていうことは常に考えているよ。さっきの技術の話に戻るんだけど、ツイッターとか、iPhoneとか、iPadを使うとか、歌クテルとしてそういう提案は可能性としてはできる。できるんだと思う。でもマンネリとか、惰性でやっても意味がないでしょう。歌壇の人たちから、ケータイ・インターネットから出てきたモノ、という目で見られるわけだから、ちゃんと自分が答える言葉を持っていないといけないような気がするんです。
里見:歌クテルの矛盾ってそこにあって、技術革新にのっとった組織であるにもかかわらず、意外といるのは浪花節の人で、浪花節で楽しくやるっていう(笑)。でも、その矛盾が愛らしいんだと思う。
日野:人間臭いよね、なんか。
里見:歌を歌う人が矛盾をはらむように、歌クテルの存在そのものが矛盾をはらんでいるというところは正直あって。
日野:技術に精通してるからケータイ短歌なのではなく、表現できる手段がケータイ短歌っていうだけだった、っていう。
A.I:そこにケータイがあるのがあたりまえだったから、むしろ自然な流れだった。いつの間にか「ケータイ短歌だ」「新しい表現の人たちだ」っていう認識が外からきてしまったから、それに縛られてるっていうのはあるのかもしれない。
日野:書いてることはそれほど違わないのにね。
A.I:それほど違わないんだよね。インターネットで書いてても、大学ノートにボールペンで書いていても、活字になっていても。短歌っていうのは5・7・5・7・7のテキストだ、っていうのは変わらないのよ。ただ、理屈としてはそう思っていても、わたし自身の中で活字の特別感がないわけではないし、外から見たらそれはさらに強いと思う。その矛盾ってやっぱりあるわけで。
日野:紙媒体とネットっていう線引きはやっぱりあるよね。
A.I:表現する動機としては、そんなに差異があるわけではないんだけどね。
里見:もったいないと思うよね。
日野:だよねー。なんていうか、世代の問題っていうか。2000年以降世代っていう。
A.I:思春期に携帯通信の恩恵をうけた、第一世代だよね、我々は。コミュニケーションを除外して純粋に作歌に関して言えば、筆記用具の一種類にケータイがあるような位置づけとも言えるって、わたしは思ってる。


■こんなに世界は広かったの!?

日野:ここまで人と関わってやってきてるっていうのは、人と関わってやることが、一人とはまた違う意味があるっていうふうな感じなのかな。
A.I:1個1個積み上げていくものも多いけど、他の要素が入って、2人が出会ったら2倍とか、そんな感じなんじゃないかなあ。たまに化学変化で、普通だったら、1+1+1+1で4かな?って予測するところが、なんでか知らないけど10になるとか。それが楽しいからだと思う。
里見:あるよねー。
A.I:読書会ってあるでしょ? 関東に住んでいたときに、「さまよえる歌人の会」って勉強会にしばらく行ってて、その時にも思ったんだけど、一人で本を読むのと大勢で本を読むのは、本の読み方が変わる。自分の思ってたのと違う方向から攻撃がきたり。
日野:世界が広がるね。
A.I:マリオがブロックを崩したら新しい面に行った的な(笑)。まっすぐ行っても時間内にゴールはできるんだけれども、2−2から4−4には行けないよ、みたいな。
日野:なるほど。
A.I:勉強会の時だけじゃなくて、あとで落っこってくることもある。ゲームつながりで、テトリス。テトリスみたいなもんで、長い棒が1本こうやって入ってくると4段消える、そんな感じがする。わあ、こんなに世界は広かったの!?みたいな感じになるでしょ。そこまでの積み上げ方も大事なんだけど、たった1本の棒で消えることもある、みたいなね。


次回、後半戦をお届けしてまいります★
シー・ユー・ネクスト!!


(このウェブサイトに掲載されている情報は、著作権法に基づき保護されています


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コメント
(笑)のち…引き込まれ、所により(なるへそ〜)

次回も楽しみ楽しみ!!
  • 夜考宙ん
  • 2011/03/01 10:07 PM
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