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  • 2011.12.11 Sunday
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連載小説 『部屋』 【後編】

 青年の部屋には出入口らしいものがなかった。彼がそれと気づいたのは、少し時を経た後ではなかったか。唯一、壁の一つ面に窓がうがたれてあり、嵌め込まれた硝子を透かして洩れる室内の明かりは、ぼんやりと外界の暗闇に乳銀色の半球を浮かび上がらせた。窓から洩れた明かりと暗闇との境界は酷く曖昧で、取りあえず喩えてみるけど上手く理解して貰えるだろうか、タンポポの綿毛とそれに触れようとする幼児の指先の皮膚との境界がふつうは曖昧に見えてしまうように、ぼんやりと、ごく曖昧に、この輝かしい半球は闇に浮かんでいた。部屋には狭い寝台がひとつあった。それ以外は何もない部屋だった。青年がここで過ごす時間は案外快適だった。暑いとか寒いとか、湿度が低くて咽が痛いとか、逆にじめじめした不快感とか、そういったものをこれまで彼は感じたことがなかった。照明器具さえなかったが、部屋は十分な明るさだった。猫が突然やって来て、本を貸してくれたり、なにか話しをして帰ることもあるが、そんなことも青年にとっては少しも不愉快なことではなかった。



 猫が来た。青年は壁に持たれて床に座り、ちょうどベッドを真横から見る位置で本を読んでいた。ベッドの上の辺りの空間が真夏の雨止みの砂場のような感じ、といってみたところで私自身もこれがどのようなイメージなのか理解出来ないのであるが、とにかく、そんな感じの様子の後で猫はベッドカバーの上に四脚を軽く沈めた。まず、ちょっと剥けた感じの肌色と黒のまだらで小さな鼻が現れてひくひくした後に、ぴんと張ったヒゲが現れた。ヒゲは暫くモゾモゾしていたが、それが止むと雌鶏のお尻から玉子が産まれるように一気に全身が現れた。やあ、と青年は猫に手を振った。オレは見ての通りの猫舌で熱いものは苦手な方だが、これから餃子を食べにいくがお前もついについて来るべき時が来た、と猫が言った。なあ、はやくしろよ、としっぽを振って青年を急かした。



 犬は揃えて投げ出した前脚に顎をのせる姿勢のままで暫くは退屈に過ごした。部屋の暖かさが余計な眠気を誘った。床に敷かれた天津緞通のかつては鮮やかだったろう薔薇の細工が、犬の視野をどこまでも占めていた。絨毯は年を経ることに拠って随分とくすみが生じ、いまはこの部屋の様子に概ね馴染んでいると思えた。犬は眠気覚ましに鼻先の薔薇の花弁の数を確かめた。それは開きかけの黄色い薔薇で、たっぷりとした肉厚の花弁の数は卅七枚だった。隣のピンクの薔薇もかぞえたがやはり卅七枚だった。その向こうの水色の薔薇は完璧だった。見事に咲いた薔薇の花びらの数は卅八枚だった。水色の左側もピンクだった。花弁の数は卅七枚。犬は以前にも同じことをしたのを思い出たので、そこでかぞえるのを止めた。おそらく、この部屋の絨毯の全ての薔薇の花弁の数は卅七八枚なのだろうと思った。そう思うと、余計に眠気が増してきて、世の中のありとあらゆるものが卅七枚か八枚の薔薇の花弁から出来ていたとてしても、これといって別段差し障りもないような気さえしてきた。そうして暫くして犬はやはり眠ってしまった。暖炉の薪が時折はぜては小さな音をたてた。 



  -了-

power of kotonoha

太陽にも月にも地球にもなって歩きつづけて お元気ですか


東日本大震災から、ちょうど1ヶ月になります。
ぼちぼち1ヶ月というところで、7日に大きな余震もありました。
東北をはじめ、被災地にいらっしゃる方には、もう、なんて声をかけたらいいのかわかりません。

前回のkotonoha-mixが中途半端に終わってしまっていたのですが、続きをまとめることができませんでした。
楽しみにしてくださっていた皆さま、協力してくださったA.Iちゃんと里見さん、申し訳ありません。
また、なんらかの形で記事にできればと思っています。


震災のあったとき、都内の駅ナカのカフェで仕事をしていました。
震度は5弱だったのかな、でもこんな揺れは30年以上生きててはじめてでした。しばらくすると電車が止まって、店は閉めることになったのに帰ることができなくなって、結局、割れたグラスや落ちそうなボトルの類を片づけて、その日は同僚4人と店に泊まって、翌日、家に帰りました。
自宅で震災当日止まっていた電気もガスも、帰る頃には復旧していました。
わたしの被害はそんな小さなものでした。


そんな小さな被害だったのに、それからたまたま休みが続いて、テレビを見続けて暮らしていたら、被災地の方にたいへん申し訳ないのですが、気分がふさぎがちになって、創作はおろか、なにもできなくなってしまいました。
被災地で不便な思いをしている身近なひとや、こんなときにも気丈に前を向いているひとに、本当に申し訳なくて、情けないと思った。
わたしがふさぎこんでも、なんのたしにもならないのに。

でも、そういう人も結構いて、それも被災の一種らしい。
専門家の方からそう聞いて、やっと、ハードルを下げて日々をこなすことができはじめました。
それで、もしもわたしみたいに思っている人がいたら、と思って書いています。

【文語短歌】自由自在・その10【古典和歌】

どうもこんにちは、さねともです。

前回の連載からかなり時間が経ってしまいましたが…今回は予告通り文語短歌の実作篇を。

といってもですね、最初におことわりしておきますが、これを読めばただちに文語短歌が作れるという代物ではありません。これは私の持論なのですが

かんたん文語はこの世に存在しない

です。

簡単に文語短歌が作れるなら、わざわざ口語短歌を詠む必要はありますまい。どっちかというと私が書こうとしているのは文語の面倒くささであります。

まず、文語短歌を詠むにあたって用意していただきたいものがあります。それは、古語辞典。

高校時代に古文の授業で使ってた古びたようなやつで構わないですが、なるべく高いものを用意してください。というのは高い方が例文が充実していたり、特に和歌の用例が豊富だったりします。さらに巻末に古典の資料が詳細に紹介されているようなやつだと言うことなし。私はコレをオススメしておきます。大学受験用としては定番の辞典でして、読み物としても充実しています。電子辞書もいいとは思うのですけれど、辞書は調べるだけじゃなくて出来ればぱっと開いたページを読むくらいの姿勢で臨んでほしいです。とにかく「辞書は読み物」がキーワード。

ここであれ? と思った方!

はっきり書いちゃいますが、短歌やるにはお金がかかります。短歌を長く続けると、本当にいくらかかるんだっていうくらいかかります。辞書や有名歌人の歌集にお金かけてるうちはまだいいのですが、いざ自分の歌集を出版する段になると目玉が飛び出るくらいのお金が必要になります。辞書を買った時点で、その第一歩を踏み出したと意識してほしいところ。

さてさて、辞書。

最初のうちは知らない言葉や分らない言葉をビシバシ調べてゆくことになるわけですが、慣れてきてからも常に辞書はそばに置いてほしいです。知ってる言葉でも調べられるようになるのが理想です。

たとえばですね。

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