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  • 2011.12.11 Sunday
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kotonoha-annex〜ややこ氏急病につき……というのは嘘〜



心から食べたいもののある店でそうじゃないもの食べてるみたい


改札通ったらパスモさんの残高が1192円。
語呂がいいって素敵。

どうも、日野やや子でーす!
今回は、誠に勝手ながらkotonoha-mixはおやすみさせていただきます。ゴメンナサイ!

最近、自分のブログもアップしてないので、この場を借りて、言い訳がましく近況報告をさせていただきます★(え、迷惑?)

日野、最近ですね、1年近くにわたるニート生活に軽めのピリオドを打ちまして、仕事をふたつ始めました。

ひとつはカフェバーの店員さん、もうひとつはライターさんです。

カフェバーはオープン前のため、なんだか慌ただしいです。
ライターの方は、〆切ぎりぎりに原稿を仕上げたばかりで、なんだか台風のあとのようです。

そんなこんなで、webマガジンに載せるネタが決まらないうちに更新日を迎えてしまいました。
かたじけない!


歌クテルなので、短歌に関する話をしたいところではありますが、ここのところ寡作でした。

歌をつくる人は、いいことも悪いことも歌のネタにできるよね〜なんて、前回、藤原桃ちゃんとの対談で話していたにも関わらず(涙)。

短編小説や書評やレポート等々、血まなこで書いてました。
あとは、ニート生活のおかげですっかりゲーマーになってしまい、ゲーム三昧でした(おい)。

どちらにしろ血まなこです。


時折、なんかの拍子に短歌がぽろっと出てくると、ほっとします。
短歌って、大きく言えば詩歌って、人間のなんなんでしょうね。


「書きたい人」は、とても多いです。
最近、日常のふとしたところや、仕事探しの途中で、そんなことを再認識しました。

あたしは「書きたい人」なのだろうか?と軽く自問をして、「書くことが好きな人」なんだなぁ、と、そんなことも再認識しました。

そんな感じです。


さて、次回のkotonoha-mixは、わたしのお友達の駆け出し演劇人・ほっさんこと細谷貴宏くんとのトークをお届けしたいと思います!

このコーナー最年少の22歳ながら、クォリティー高い処女作でドギモ抜いてくれちゃいました。
まさに金のタマゴ、略して…………です!(略すなと!)
心してどうぞ★



青臭いこととか言わなくなったし生きているしと受信する4時



(このウェブサイトに掲載されている情報は、著作権法に基づき保護されています


【文語短歌】自由自在・その7【古典和歌】

どうもこんにちは、さねともです。

私はこの歌クテルwebマガジンでは、古典和歌と文語短歌をメインにエッセイのようなものを書いています。以前にも書きましたがこのjugemさんのブログには検索キーワードという機能がついていまして、このブログを見に来て下さった方々が、検索サイトでどんな言葉を検索したのかが分かるようになっています。

そのワードはたとえば…「歌クテル」であったり「日野やや子」であったりしますが、最近は「文語短歌」「文語」というワードも多くなっていまして、文語短歌というものに興味を持ってくださる方がいらっしゃっているのが、とてもうれしい。文語や文語短歌の、いったい何を調べようとして来てくださったのかを想像するのも楽しい。

みなさんが求めていることはいったい何でしょうか? 私が答えられる範囲で答えてゆきたいと思いますよ。

そういうわけで今回はいったん基本に立ち返りまして文語の学習方法について書いてみようと思っています。

現代において、文語が使われる場面というのは非常に限られています。極端なことを書いてしまえば、俳句と短歌しかないのではないでしょうか。その一つの短歌においては今や口語短歌が主流になったと言ってもいいくらい。そういう風潮の中で文語で短歌を詠もうという方、私は大好きであります。

ただ、文語というのは学習方法がいかにもめんどうくさい。それに文法にうるさい人にかかると、文法が間違っているというだけで短歌の内容にさえタッチしてくれないといったような目にも遭います。そんな辛い思いまでして文語を学習するくらいなら、はっきり言って口語で詠んだ方がいいです。少なくとも短歌じたいは読んでもらえる。自分の短歌の詩の部分に触れてもらえる。

それでも、文語で詠みたいですか?
詠みたい方は…



短歌をはじめたころのわたしへ (7)ネット上で読める短歌の評論など

こんにちは。
「短歌をはじめたころのわたしへ」
毎月、手紙を書くように、短歌と仲良くなる情報交換をしている連載です。

先月は番外編として、「名古屋短歌」のイベントに参加してきました!
短歌を作るのは、ひとりでもできるけれど、おなじ「歌人」仲間と出会えるのはライブならでは。
とってもたのしい時間をすごすことができました。ありがとうございました!



今回はこの間のつづきから。
「ネット上で読める短歌の評論を読んでみよう」
前回紹介した、ほんやさんにあった短歌の雑誌は、ひととおり立ち読みしてみたかな?


雑誌(総合誌)を読むと、
たくさんの歌人さんの作品を読むことができたり、広告欄で「結社」の情報が手に入ったりします。

雑誌の利点は、受動的な出会いがあること。
いままで興味がなかった歌人さんのうたに、ハッとこころひかれたり。
ぱらぱらっとめくって、偶然出会った記事が宝物になったりしますよね。


でも、まだ短歌を読み始めたばかりだと、疑問もたくさんでてきませんか?

これらの短歌がどういうふうに「いい」の? とか、
どの「結社」にどういう人がいるの? とか、
いまどんな歌人さんが人気なの? とか、

みんなが「知っていて当然!」っていう雰囲気で書き出されている約束事が、なんかプレッシャーだよぅ。


もっと気軽に、ネットで現代短歌の解説を読みたい!
でも、「短歌」で検索しても、どのサイトがどういう情報をのせているかイマイチわかりづらいんですよね。用語がわからないから、他の検索語も見当つかないし。。。


そういうときは、「時評」という記事を見てみましょう。





モテたい。(5)

 さてさて、ボカロと短歌の・・・というより、
「短歌と歌人」「ボカロとP」の、両者の関係性の共通点。


僕が思うに、短歌もボカロは歌人やPにとってのゲタとして機能している。

短歌は「文芸」の、ボカロは「音楽」のいちカテゴリに位置していてるのだけれど、
「文芸」も「音楽」も、個人が裸で立ち向かうにはかなり手ごわい。

そこで、「短歌」や「ボカロ」がゲタをはかせてくれる。

無名の誰かがオリジナルで曲や文を書いても、まず見向きされない。
内容を見てもらう以前に、興味を持ってもらえないから作品が評価じたいされることがない。

たとえば、
明確な資料を提示できないので、全くの印象論なのだけれど、
僕が以前利用していた携帯電話の着メロ投稿サイトでは、JASRAC管理の版権曲の総再生数に対して、
投稿者オリジナル曲の総再生数というのは10分の1程度だったと思う。
(まあ、みんな着メロ目的で来てるんだからオリジナル曲なんて知るかよという事もあるんだろうけど。)

また、僕もこうして文章を書いているけど、それは「歌クテル」のウェブマガのコンテンツだから詠まれているわけで、
電車の中でブツブツと「モテたいなう、モテたいなうよ」とつぶやいても、耳を貸す人はいないだろうし、きっと実刑は免れないだろう。
そもそも、文章は誰でも書けるものだから、それが「作品」かどうかの担保もなかったりする。
作品かどうか怪しいものに、真面目に時間を使ってくれる人はなかなかいない。


ところが、これが「短歌」とか「ボカロ」になると事情が変わってくる。

「ミクの曲なら聞いてみよう」「レンきゅん!レンきゅん!!レンきゅん!!!」
という具合に、興味のとっかかりがもらえるし、
「初音ミク」や「鏡音レン」ののイメージを二次利用することで、ある種の「お約束」をそのまま使うこともできるから、
アラとか甘さになるようなものを、善意的に解釈してもらう余地が生じる。

八月の祝祭(五)

 漸く、陽も西に傾きはじめたころ、私たち二人は星ヶ浦の海岸べりに座りこみ、その海を眺めて過ごした。人工海岸が整然として弧を描き眼前に横たわっている。玉砂利を敷き詰めた、清潔なその海岸のやや不自然な汀を私はみていた。海はそこで人の手によって千切りとられ、西からさしはじめた陽光に朱く染まりつつあった。
 結局のところ、私たち二人は目的を果たせずここにいた。アマカス・マサヒコは、一昨日から自宅を留守にしており、会うことはかなわなかった。


―意気揚々としてこの地を訪れたムライは、まず改札の駅員にアマカスの所在について窺いをたてたが、本日はまだみかけていないとみえて、釣りでもしてるのではないかとその駅員は応えた。ムライは、その応えに満足な様子で、駅員に十分な笑顔を向けて礼をいった。
 大連から三○分ほど列車で下ったここ星ヶ浦は、六七○エイカーの土地に造られた新興の長期滞在型の保養行楽地だ。ホテルを中心に人工の海浜、ゴルフ場、テニスコート、ボート・ハウスなど様々な施設が備わっている。私とムライは駅舎を出ると、取りあえずそのあしで海へ向かった。

「彼の自宅はリゾートのすぐ外れにある文化村と呼ばれる一画にあるんですよ。羨ましいことですな、まあ、まがりなりにも相手は社長さんですから、わたしなんかとは俸給が違いますか」

 ムライが皮肉な口調でいったので、ここに住みたいのか、と私はムライにかえした。

「いえ。ちょっと言ってみただけですがね。私はこんな仕事ですから、どこに住まおうが同じことです。満鉄の社員であれば、ここに住むだけの俸給は皆がいただいてますよ。何なら、あなた、ここに住みますか。どうです。パスがありますから、交通費かかりませんし。四季をとおして穏やかなよいところですよ、夏は特にいい」
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